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愛する君へ

2020.2月吉日

​あの日と同じ晴天の空の下より​

私はあの日の青空を決して忘れません。

 

君はあの晴天の真っ青な空の中、汚れのない真っ白な雲となりました。

 

その青と白のコントラストが私の心にある種の決意となって焼き付きました。

 

 

君は、頑張りました。

 

最後の最後まで家族に寄り添って、離れようとしませんでしたね。

 

食事もあの日の朝まで食べてくれましたね。

 

その姿に、涙が抑えられません。

 

君は生きるということがどんなものなのか、生き抜くということがどんなものなのか、私に教えてくれました。

 

当時は、田舎の家で、近くに獣医さんもいなく、今のような高度な医療も存在していませんでした。

 

しかし、君はそんな状況の中でも毎日毎日、一瞬一瞬を一生懸命生きていました。

 

最初に調子が悪くなり、遠くの獣医さんに検査してもらってお腹にガンがあることを知った時はショックでした。

 

ガンがお腹の中で大きくなり、出血し始めていることから、もう長くはないと獣医さんに言われました。

 

君を膝に抱いて毎日勉強していた日々、念願かなって獣医になれたときの喜び、夜も同じ部屋で寝ていて時たまに聞こえるあなたの寝言。

 

すべてが愛おしく尊く感じました。

 

まだ小さくて両手の中に収まるほどだった頃、こたつの上で走り回っていた時期。

 

あんな幸せな瞬間があったんだなと思います。

 

君のことが好きで好きでたまりませんでした。

 

寝ているときに鼻の穴を小さな舌でなめてくるところ、私がテスト勉強で必死に問題を解いているときに、寝ながら静かにおならをするところ。

 

全部が愛おしかったです。

 

 

ガンだと知ったあと、毎日が慎重になりました。

 

君になるべくストレスをかけないよう、食べやすくて消化の良いものを食べさせよう、突然の来客でびっくりしてお腹に急激な力が入らないように気をつけようといろいろ心がけました。

 

君は、安心して家族に自分をゆだねていましたね。

 

でも、最終的にお腹の中でガンが破裂した時、救急で病院に君を連れて行きました。

 

緊急手術でお腹のガンを取り除くことになった時は、頭が真っ白になりました。

 

このまま死んでしまうんじゃないか。

 

全身に転移しているんじゃないか。

 

いろんな心配が頭をよぎっていました。

 

幸いなことに、緊急手術は無事うまくいって、君は私のもとに戻ってきれくれました。

 

嬉しかったです。ホッとしました。涙が流れました。

 

 

君は、その後も点滴治療や注射を打ち続けましたね。

 

ついには、抗がん剤もはじめました。

 

辛かったよね。苦しかったよね。

 

少しでも私達家族と長く一緒にいたいと思って君は頑張ってくれたんですね。

 

 

でも君は、自分の意思表示をできなかったんだと、今は気づいています。

 

本当は、もっと早く楽になりたかった、手術なんか受けたくなかった、抗がん剤は辛かった。

 

いろんな気持ちを持っていたと思います。

 

あの時は、君を救おうと、長く一緒にいたいという必死な思いで、治療をさせてしまいました。

 

今思うと、その選択が正しかったのかわかりません。

 

 

ガンと聞くと、手術や抗がん剤や放射線治療など今でこそ医療が発達してやれることがあるかもしれません。

 

でも、当の本人が本当にその治療を受けたいと望んでいるのでしょうか?

 

動物は毎日を何を考えて生きているのか?

 

先の不安や心配をして生きているのだろうか?

 

そもそもなんのために生まれてきて、なんのために家族と出会ったのだろうか?

 

いざ、病気になって最期の時が近づいた時、初めてそのようなことに気づき始めます。

 

 

人間は、周りや社会に対して責任があります。自分の役割を知っているからです。

 

君は、どうだったのでしょう?

 

君は自分の役割をわかってしましたか?

 

君は、私や家族に愛と癒やしを与えてくれました。

 

私に素晴らしい未来を与えてくれました。

 

君は言葉にできなくてもその存在で伝えてくれたのです。

 

君なしでは、獣医への道はありえませんでした。

 

君が病気になって、それまでの何気ない瞬間が幸せで大切なものへと昇華しました。君の病気が私にさらなる深い愛を君に向くように仕向けてくれました。

 

君が病気になってさらに一緒の時間が濃いものになりました。

 

君の役割は私に愛を教えることだったのです。

 

 

今、私は獣医になり、多くの動物を守り治療しています。

 

しかし、必ずしも病気になることが悪いことしかないとも言い切れません。

 

病気はある意味学びになります。つらい思いが我々家族の心を鍛えてくれます。

 

全部の体験が貴重な学びであり、愛の源である魂が進化していくと思うのです。

 

 

君の存在と病気が今の私の柱になっています。

 

君の存在と病気が私に教えてくれたのです。

 

生きる意味と病気の意味を。

 

 

もしかすると、現代の科学や医療は、進化しているのかもしれません。

 

しかし、その恩恵を受けるために、逆に苦しい思いをさせることになることもあります。

 

最新の治療が病気を治すことだけに囚われ、患者の苦しみを無視していたら本末転倒です。

 

病気を殺すために動物も苦しい思いをするのはしょうがない。その考えが私を苦しめます。

 

 

もっと動物にやさしい治療がないのか。

 

いやもっと先に動物が病気にならないようにできないのか。

 

そんなことを考えるようになりました。

 

これも君のおかげだと思っています。

 

 

病気にならないように、むやみやたらと繁殖して遺伝的な病気を作り出さない、環境を整えてストレスが過度にかからないようにする、食事もできるだけ安全で良質なものにする、治療も多くの実験動物が犠牲になって作りあげられたものではなく、自然の摂理に合った治療法が良いのではないかなど今の私はそんなことを考えています。

 

病気になってしまっても、人間との関わりの中でのその意味を知り、そこから学び、もっと愛情を注ぐことこそ大切なものだと思うのです。

 

愛こそが偉大な治療です。

 

そして、家族の笑顔のために頑張っている動物たちに感謝したいです。

 

感謝の念は動物に届き、自己治癒力を上げてくれると信じています。

 

人間も動物も自己治癒力や免疫力という病気に立ち向かう武器を誰もがもっているのです。

 

その自己治癒力と免疫力を下げないことこそ病気の予防と治療につながると信じています。

 

 

これこそが、私が考えている「獣医療」なのです。

 

 

この世の中のすべての物事は、大自然の摂理の影響を受けていると思うのです。

 

だれもこの摂理から逃れることはできません。

 

つまり、摂理に反する行為が、災いや苦悩を招くのです。因果応報の法則は必ず生じることを知っています。悪い行いが悪い結果をもたらし、正しい行いが良い結果をもたらすということです。

 

その善悪の判断の基準となるのが「愛」であると信じています。

 

他人や他の生き物に対する見返りを求めない無償の愛こそが摂理に沿った行いと言えると私は君から学びました。

 

君はいつも全力で私を愛してくれました。そこに私の反応は求めませんでした。

 

私がどんなに機嫌が悪い日でも、常にしっぽを振って顔をなめてくれました。

 

そのおかげで私はいつも気分が良くなりました。これが君の無償の愛の効果だと実感しています。

 

 

 

あの日あの青空の中、真っ白な雲となって去っていった君が教えてくれたこと。

 

偉大で尊い教えでした。

 

私が獣医という立場で多くの家族と動物に対して説くことができるようになった「ペットと家族の深いつながり」

 

 

これこそが君の与えてくれた愛です。

 

愛の絆は絶対に切れることはありません。

 

 

待っていてください。

 

君の教えを広めて多くの人と動物が幸せな一生を送れるようにしていきます。

 

そして、私が君のもとにいくとき、またあの美しく愛らしい目で出迎えてください。

 

また、一緒に走り回って、一緒に遊びましょう。

愛するコロ

 

本当に本当にありがとう。

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